18卒 本選考ES
臨床開発職
18卒 | 千葉大学大学院 | 男性
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Q.
あなた自身を自己分析してください。300
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A.
私の強みは様々なことに興味を持ち追求していくことだと考えます。やってみたいと思ったときはとにかくまず行動に移してきました。今までに古着屋で購入した服を解体し構造を調べ練習として小型の服を作ってみたり、自作PCを製作し電圧等を調整しスペックの上限を攻めてみたり、株式等の投資を行うなどしています。いずれもジャンルに共通性はありませんが、根底には物事がどのような仕組みなのかを疑問に思い調べて突き詰めていくことがあると考えています。今まで関心のなかったものでも手を出すと何かしら興味深い点があるので、さらに広い視野を持ちたいと考えています。 続きを読む
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Q.
ファイザーを志望する理由と、当社の臨床開発職としてどのような仕事をしたいと考えているかを記載してください。(300文字以内)
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A.
アンメットメディカルニーズに応えられる治療薬を患者に届けたいと考えるからです。貴社はガンや希少疾患の治療薬の開発に積極的に取り組んでおり、また新薬メーカーということで凝り固まらずジェネリックにもいち早く取り組み変革への挑戦を続けているため、薬学の道を選んだ自分に課せられたと感じている「本当に困っている人に薬を届けなければならない」という使命を果たすためには貴社でなければならないと考えています。私は臨床開発職として自律的に臨機応変に対応し、「患者さんの生活を大きく改善する革新的な治療法を提供する」という目的の達成に寄与していきたいと考えています。 続きを読む
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Q.
大学・大学院時代にあなたが個人で実行した最大のチャレンジを具体的に記載してください。 またそのチャレンジを実行するにあたり、どのように考え、どのように取り組んだのか記載してください。 500
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A.
自分の欲しい機能が既存のアプリケーションに無く、ちょうど友人がプログラミングの勉強を始めていたことにも触発され、独学でプログラミングを勉強し、数年前にTwitterのAndroidアプリケーションを開発しました。 プログラミングはほぼ未経験であったのでなかなか思ったように動作せず、挫けそうになったこともありました。 しかし、プログラムは論理的に構築すれば動作するものであり自分にもできないはずがないと考え、諦めずに知識や考え方を学ぶために書籍を読んだり、友人と互いに教え合ったりした結果完成させることができました。完成したアプリを公開したところ少数ではあるものの愛用者からのフィードバックが得られ、諦めずに物事に取り組んだ成果を他の人に使ってもらえることに達成感を感じました。 この経験から、プログラミングが趣味の一つとなっています。現在では、プログラミングという枠を超えて、自宅にファイルサーバ及びWebサーバを建てています。 昔は非常に難しそうに思えていたことが、少しずつ自分でも出来るようになってきていることを実感出来ています。 続きを読む
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Q.
在学中にチームで取り組み、成果を上げたことについて具体的に記載してください。 またその取り組みの中で、あなたはどのように考え、どのように実行したのか記載してください。500
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A.
私は設立したばかりの○○○サークルの広報活動手法の確立に携わり、メンバーを最終的には40人程にしました。私は設立6ヶ月後に加入しましたが、当時は直接の繋がりのある友人を誘っているだけだったのでまだ活発に活動しているとは言い難い状況でした。人数が少なすぎるのは寂しいので少なくとも20人ほどにメンバーを増やすという目標をメンバー内で立てました。私はまずは認知度を上げる必要があると考えたので、ウェブサイトを製作し、またSNSを活用することで存在感を大きくすることにしました。一時的に全てを自分で請け負っていましたが、ある程度軌道に乗った後は各メンバーの性格から何に適性があるのか考え、ウェブサイト管理は自分が、SNSとメール管理はマメな性格の人、ブログは独創性のある人が受け持つようにしました。その結果年に10人程度加入者が増えるようになりました。 1年後には規模も十分に大きくなり、○○の商工会と共同で休眠状態であった採掘場跡地をフィールドとして活用し、観光とスポーツを組み合わせることで町おこしをするというプロジェクトに関わるほどになりました。 続きを読む
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Q.
あなたが在学中に、変化が必要と考えた具体的な状況を記載してください。 そのときあなたはどのような行動の変化をとったのか記載してください。 またなぜその行動をとったのか理由を記載してください。500
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A.
人前に出ることが苦手な状況でした。具体的にはエレクトーンのコンサート等で人前に出た際に緊張のあまりMCがうまく行えず、足も震えていつも通りのパフォーマンスを発揮することができませんでした。社会に出るにあたって多くの人の前で話す機会は多く、人前で話すことができるようになる必要があると考えました。人前で話せないことを克服するために、人前で話す機会を数多く作る必要があると考え塾講師のアルバイトを始めました。塾講師の業務は当初想定していたようにただ40人ほどの生徒の前に立って話すだけではなく、各授業後に毎回保護者に電話をしなくてはなりませんでした。電話は相手の表情がわからない状態で話をすることになるため、本当に意図する内容が伝わっているのか、相手の発言の意図が自分が受け取った通りで正しいのかが分かりづらく非常に難しく感じました。しかしながら回数をこなしていくうちに次第に人前に立つこと、話すことの恐怖心が克服され、今ではかなり話すことができるようになりました。 続きを読む