
24卒 本選考ES
マーケティング
-
Q.
学生時代(大学入学以降)最も困難だったことは何ですか。また、それを乗り越えるために
-
A.
どのように行動しましたか。 個人経営のアルバイト先の客単価が低く、オーナーから相談を受けたことだ。2年の信頼関係があり、日頃から雑談をすることは多かったが経営者がアルバイトに相談するほど痛いことはないと思い、最もつらい経験だった。そこで新メニューを共同開発することにより3万円の売り上げ増しを継続的に記録した。レトロでアンティークなお店の雰囲気を大切にするオーナーはモンブランを提案した。しかし現場を知っている私はお店の雰囲気よりターゲットを重視して20代に向けたスイーツをと考え、当時流行っていたマリトッツオを提案した。オーナーは流行っているし短期的な売り上げは見込めるがカフェのイメージと合わないと言った。そこでレトロで流行りも取り入れられる商品をと考え、話し合いの末行きついたのが「マリトッツオモンブラン」だ。2人で考えた完全オリジナルメニューだが、クリームの代わりにモンブランをパンにはさんだ。私の地元奈良県では商店街での食べ歩きが盛んであり、一口で気軽に食べられる点からも適切な商品であると見込んだ。するとコアターゲットとしてきた流行り好きの若者に加え、上の世代の人もテイクアウトとして注文することが増えました。結果として追加コスト無く、土日は平均売上が7万円だったのが、10万円をこえる日まで出てきた。これを私たちはマリトッツオ効果と呼んでいる。造語を作り共に笑いあえるほど生産性のある納得のいく業績を2人で協力して達成できた。 続きを読む
-
Q.
自らが主体となり、周囲と協働して成果をあげたことは何ですか。
-
A.
私は現在2年間カフェのオープニングスタッフとして働いており、最も歴が長いポジションにいるが、共に働く後輩スタッフに仕事と責任を分担し、支えてもらうことで、作業を効率化した。以前は、カフェとお客様との間にトラブルがあると迅速に対処するため、先輩として私が払い戻しの処理を後輩に変わって行っていた。これにより顧客との一時的な問題はいつも解決できていた。しかし、ある私が休みの日に後輩から、「またトラブルが起こったため払い戻しの手順を今すぐ教えてほしい」との連絡が来た。この時タイミングよく返答が出来、幸い大きなトラブルにはつながらばかった。しかしこの経験を通じ、良かれと思って業務を買って出ることによって後輩の仕事、そして成長の機会を奪っていたことに気がついた。忙しいからといって自分の目の前の仕事を片付けることだけに注力し、育成を疎かにしており、結果として誰でも出来る仕事を私にしかできない仕事に変えてしまっていた。自らの誤りに気付いて以降、落ち着いている時間帯を利用し、連絡ノートを作ったり、マニュアルを作成したりして、業務内容を共有した。これにより課題を分担し、後輩に私の出来ていない作業を代わって行ってもらうことが出来、大幅な時間短縮を実現させた。また、後輩に任せる仕事の種類を増やして以来、レジ締めの際のレジ金が合わない問題が格段に減った。これは一人一人がカフェのオーナーであることを意識し始めた証拠であると考えている。結果として現在はリーダーシップを持った後輩にサポートをしてもらいながらまるで兄弟姉妹のような関係でサービス向上を目指している。 続きを読む
-
Q.
自分史(=あなたの歴史)を示し、今のあなたを紹介してください
-
A.
"過去のエピソード1: 小学 (0歳)一人っ子として生まれる。 (2歳)広島の水泳教室に通い始める。目立ちたがり・負けず嫌いな性格で、得意な平泳ぎでスクール内1位になるまで毎日通い泳ぎ続けた。努力の成果が8歳で実り、大阪遠征大会で西日本低学年平泳ぎ部門1位となった。 (小3)親の都合で転校して大阪の小学校に入学した。近くにスクールがなく、水泳をやめざるを得なくなった。転校先の小学校で広島の方言が不意に出て人気者になった。もっと注目を浴びたい、どうせなら良いことがしたいとの理由から代表委員会に所属する。全校生徒の前でスピーチが出来た。 過去のエピソード2: 中学 (中1)1校しか受けなかった中学受験に見事合格した。私はかなり自信家であった。親に滑り止めは不要といった手前、合格が使命だった。片道2時間の電車通学、異なる県から来た生徒との交流、初めての英語学習、入部した天文学部の先輩との合宿と、全てがこれまでとまるで違い、楽しかった。入学時では50/231位だった成績が悔しくて、絶対首席で卒業すると心に決め、勉学に励んだ。 (中2)英語に面白さを感じ、友達と一緒に同志社プレゼン大会に出場した。校内では1位をとったものの、他の系列校に完敗だった。悔しくて来年こそ、同じチームで優勝しようと約束した。 (中3)、学業3/231位で大阪府教育委員会より、表彰状を頂いた。卒業式では壇上で表彰してもらい、親・教えてくれた先生方に感謝を伝える良い機会となった。英語プレゼンテーションのリベンジを行ったが、叶わなかった。挫折を味わったが、もっと英語力を養いたいと考えた。 過去のエピソード3: 高校 (高1)新しいことに挑戦したく、軽音楽部に入部した。一番音が大きく、目立つドラムパートを担当することに決めた。キャッチアップに苦戦したが、先輩のバンド練習の動画を撮らせてもらい、自宅、スタジオで基礎練習に徹した。結果として1年生のうちにバンドリーダーを任せてもらえた。 (高2)修学旅行で初めて日本から出てハワイに行った。ハワイには日本語が話せる現地人が沢山いて、友好的だった。相手は日本語が流暢ではあった。共に過ごした時間はとても楽しかったが、ここで私は違和感を覚えた。「会話が薄っぺらい。もっと深く相手を知りたい。」と。現地の人と交流した際、深い話が一つも出来なかった。そこで、相手の母語を流暢に話せたらより濃い時間を過ごせるのではないかと考えた。この経験が現在在籍である学部への進学を決めるきっかけとなった。 (高3)進研模試で校内2位を獲得し、狭き門であった現在の学部への進学が決まった。以上の高校時代までの歴史をまとめると、一人娘として育ってきたが故の自己顕示欲が強すぎること短所であると感じている。しかしながら悔しい思いをした時に自分では叶わないと諦めたことは一度もない。次は成功させると強く誓い、他者の助けを借りながら成功に繋げる力がある。これが私自身の強みであると思う。" 続きを読む