
23卒 本選考ES
技術職 システムエンジニア
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Q.
学業、ゼミ、研究室などで取り組んだ内容
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A.
学業は簿記に力を入れた。高校2年生の時に日商簿記検定試験2級を取得し、大学進学後も簿記を学びたいと思い、現学科に進学を決めた。そのため、履修できる簿記の授業は履修し全て「秀」を修めている。大学から簿記を学び始めた友人に簿記を教える機会が多く、友人に教える過程で知識のアウトプットや、新たな知識の習得に繋がった。ゼミはマーケティングを専攻している。○○を認知度向上するためのマーケティング手法について研究している。。現在は適するマーケティング手法について、書籍を読みメンバーと議論を行っている。 続きを読む
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Q.
自己PR
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A.
私の強みは接客経験で培った傾聴力でである。私はアパレルショップでアルバイトをしており、お客様からコーディネートのご相談をいただくことがある。売り上げに貢献できればと考え、以前は単価が高い商品を勧めていた。しかし、お客様の立場になった時、押し売りをされているように感じるのではないかと思った。そこで相談を受ける際、初めにお客様の意見や要望を傾聴している。そして、お客様のお話から相手が望むものを察知し、より要望に沿った商品を提案できるよう着用場面や、お客様の手持ちの服などを聞いている。このように、着用場面に適しかつ着回しやすいコーディネートの提案ができるように意識している。お客様に寄り添った提案を行うようになり、お客様から「友人に好評だった」「とても気に入っている」と感謝をいただける時が増え、アルバイトのやりがいになっている。 続きを読む
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Q.
学生時代に最も打ち込んだこと
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A.
学生祭実行員会の活動に打ち込んだ。昨年学生祭実行委員会のステージ企画部長を務め、部員18名を主導し、コロナ禍初の学生祭を成功するという結果をあげた。一昨年は学生祭中止、昨年はコロナ禍初の学生祭となり、マニュアルが無い中の準備や感染対策の検討には相当な苦労が伴った。短期間で準備を進めるために毎日会議を実施した。会議の決定事項からステージ企画について部内で会議実施を行うなど、多い日は会議だけで半日以上時間を費やした。部長の仕事に加え、部員に対しては仕事の割り振り、説明や指導を行い、仕事に取り組みやすい環境作りを心掛けた。例年通りの学生祭ではないため、大学や参加団体、音響会社と毎日連絡を取り合い、ミスや認識違いがないかを確認した。それらの準備を行った学生祭開催の結果、コロナ感染者は発生しなかった。そして、ステージ企画は多くの集客に繋がり参加団体から感謝の言葉をいただき、学生祭は成功を収めた。 続きを読む
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Q.
これまでの人生で一番苦労した事/失敗した事、またそれによって得られたものを教えてください。
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A.
テニス部に所属していた高校2年生の時、スランプになったことが苦労した。練習すればするほど打てないストレスからスランプが悪化した。最初は軽いスランプだったが、ストレスや焦りからスランプが悪化し、大好きだったテニスが嫌いになった。もう一度テニスを楽しみながらプレーしたいという思いから、違う方法でスランプを解消しようとし、2点の方法を行った。1点目は練習後楽しみを作ることである。コンビニでスイーツを購入したり、友人とご飯に行く予定を立てた。2点目は友人にスランプを打ち明けることだ。そして、良い球が打てると褒めてもらうようにお願いした。練習後の楽しみと、友人に打ち明けることで少しずつストレスが解消された。この経験より、挫折経験と気持ちの切り替え方法を得ることができた。社会人になって同期との差や難題に直面した時、挫折することがあると考える。その時どのように気持ちの切り替えるのか学ぶことができた。 続きを読む
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Q.
最後に、コロナ禍での生活で考えたことや、自分なりに工夫したことを教えてください。
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A.
「差別」について考えた。田舎に住んでいるため情報がすぐに広がる。そのため、「○○さんがコロナになったらしい」「○○さんの子どもは○○高校、奥さんは○○会社らしい」というように、感染情報だけでなく家族の話まで広がった。近くの地域では「○○さんがコロナになった」と書かれたビラが配られたと聞いた。情報を広めている人は差別している自覚は無いのかもしれない。しかし、自分がされて嫌なことはしないという基本的なことを改めて考えるべきだと感じた。「新しい趣味を作ること」を工夫した。ギターやランニング、読書など様々な趣味に挑戦したが、一番料理が楽しく長く続けることができている。実家暮らしのため、コロナ前は昼食のみ自分で作っていた。コロナ禍では凝った昼食を作ることに加え、家族分の夕食を作ることにも熱中した。今は就職活動に集中するため夕食を作っていないが、就職活動が終了したら夕食作りを再開したい。 続きを読む