
23卒 本選考ES
総合職
-
Q.
自分史
-
A.
(○歳)父の留学の関係で○年ほど○○○○で生活する。記憶はないがのちに○○○○をはじめ○○○○○に関心を抱く要因になる。 (小学校)1年の時に○○を始める。上達が早く1年半ほどで選手になる。楽しんでいた○○に競争が加わり練習も厳しくなり、意欲が次第になくなっていった。 ○年の夏に転校をする。この時○○をやめ新しく○○○○○○○○○○を始める。○.○年の時には全国大会に出場する。最後まであきらめないこと、辛いときに逃げないこと、強みを持つことの重要さとそれを利用する術、適材適所の考え方を知った。コーチやチームメイトにも恵まれた。 (中1)○○○○○○部に入る。ラケット競技の楽しさに目覚め、同期と練習時以外でも集まって○○○をしていた。担任の先生から生徒会に入ることを勧められ、さほど乗り気ではなかったが副会長になる。 (中2)部活動の夏の地区大会で○位になり○大会に出場する。組み合わせなどの幸運もあり○位入賞をする。○○大会予選に参加するが、周りとの実力差が大きく1勝もできなかった。天狗になっていたところでのこの結果だったため自分の弱さや醜さを痛感した。 (中3)4月半ばの部活動中に○○を骨折する。そのため体育祭の学年種目には参加できなかった。時間を持て余しテレビで放送される○○○の試合をすべて録画して見ていた。すると復帰後には○○○の威力が増しており、上手な人のプレーを見て真似ることの重要さを実感した。それでも怪我前のレベルには戻らず、シードとして出場した最後の○大会では初戦敗退と悔しい結果で引退することになった。引退後は受験勉強もあり運動量が減り、10kgほど太る。勉強面は常に学年1桁を維持していたのでその蓄積もあって第一志望の高校に合格。 (高1)○○○○○○部に入部する。○○○と似た部分も多いためすぐに上達し没頭する。中高と個人競技が続いたこと、中学よりも行動範囲やできることが広がったことで1人でいることの気楽さや自由さに気づく。クラス対抗の球技大会では○○○○○○○○に出場し、3年連続で学年優勝をする。定期考査では比較的容易にクラス1桁を維持でき、自分にとって「やるべきで当たり前のこと」と思っていることは周りから見たら難しいことなのではないかと感じた。 (高2)物理や化学の教師の話がつまらなく、授業を聞かなくなった結果、発展科目が理解できなくなる。オープンキャンパスで知った○学部で学べる内容への興味から文系を選択する。部活動では新人戦の団体戦で主力として出場し勝ち上がるが、大会期間中に○○になり部も敗退する。体調管理の重要性・影響範囲の広さを改めて痛感する。 (高3)文化祭でクラスの○○を○○する○○○になり夏休みを文化祭準備に費やすことになる。指示出しが苦手で初めはうまくいかなかったが、文化祭直前にはクラスメートの支えもありある程度成長した。9月半ばから本格的に受験勉強を開始する。中学時代同様、1年の頃からの蓄積もあり10月半ばの第一志望校の冠模試で奇跡的にA判定をとる。周りも公表しプレッシャーにもなったが「落ちるわけにはいかない」というモチベーションになった。結果として第一志望の○○大学に合格する。3年間クラス替えがないためクラスメートと非常に仲良くなり、今後も頻繁に会う友人が多くできる。 (大1)社会で1番役立ちそうで面白そうという理由で○学部に進学する。体育会○○○○○○部に入部し高校時代とは違う考え方などを学ぶ。夏休みに高校の友人と4人で○○に旅行に行き、○○○○で行われていたチームラボとのコラボレーションに圧倒される。歴史があり文化的なものと最新技術という対極のものが融合した強さを実感した。個別指導塾講師のアルバイトを始め、自分が今まで想定すらしなかった学力レベルの生徒を相手に勉強を教えることになる。教え方の工夫が求められ相手に対しての想像力が身についていくことを感じやすい現場だと思う。紅白歌合戦でのパフォーマンスを見て欅坂46にはまりだす。ところが、翌年1月後半に中心メンバー3名のグループ脱退・卒業が発表され大きなショックを受ける。もっと早くから推していればよかったと後悔した。その数日後に1番好きなNBA選手だったコービー・ブライアントが事故で亡くなる。この訃報に対してNBAでは追悼の意を込めたプレーが全試合で行われ、彼の生き方や信条に影響された人の多さを感じ、自分もそれなりに頑張ろうと決意した。ただ、この1週間は精神的にかなりしんどかった。コロナ禍直前に○○へ初の一人旅を決行しその楽しさに目覚める。 (大2)コロナ禍で外出自粛が本格化し1ヵ月全く外出しない生活をする。一切苦痛を感じず自分のインドア体質に驚く。漫画や小説を集めるようになり1年間で○○○冊ほど購入する。ビジネス書も読むようになり学んだ情報や感想をSNSに投稿するようにした。部活動ができない期間は工夫をしながら練習をした。運営面では○○○になり○○○を務めた。後期のゼミで○○○○○○○○○○について学び、その面白さや奥深さを知る。○○○○○○○○○をどう表すかや、消費者にとって何が最適なのか体験を作ることも○○○○だと知り、世の中○○○○しかないのではと錯覚するほどだった。 (大3)ゼミで政策提言発表会に向けて○ヵ月かけてグループで施策を検討するという体験を初めてする。自分がグループでどう立ち回るのが得意・苦手なのか知る。特に複数の視点を持てることと全体を見て調整できることが自分の強みだと実感した。部活動では○○○大会が再開されレギュラーとして出場する。声出し応援不可の中行われ、メンタルコントロールや集中維持に苦戦した。部を代表して出るので情けない試合はできないと覚悟し、1試合ごとに成長できた。高校までは強い人が試合に出るべき、代ごとに強さが違うのは仕方がないと考えていたが、大学では強いだけでなく周りから信頼され応援される人が出るべきという考えを持つようになった。 続きを読む