
23卒 本選考ES
総合職
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Q.
開発コンサルタント業界を希望される理由と、当社への志望動機を記述して下さい。(700)
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A.
私は「社会全体に厚生がいきわたるような経済発展に貢献する」という目標を持っており、そのために多様な主体の経済活動を促進するための強靭で秩序のある基盤づくりに携わりたい。インフラの充実は、歴史的な経済発展への「離陸」を見ても、質の高い発展のためになによりも最初に実現すべきであり、その計画を担う開発コンサルタントは、その実現のために不可欠な職業であると考え、当業界を志望する。 上記の目標を持つに至った経緯は、東南アジアを旅行した際、都市/交通問題を目の当たりにしたことである。現地の「発展へのエネルギー」を十二分に感じた一方、渋滞や公共交通の不足が深刻であると感じた。 その際、交通インフラを拡充すれば、移動時間の経済損失や環境汚染の改善によって、より効率的で持続可能な都市が実現でき、発展へのエネルギーを最大化できると考えた。これが、経済の基盤づくりに携わりたい一番の理由である。 当業界の中でも、貴社を志望する理由は2点ある。1点目は「入社時点から途上国の開発協力に携わりながら、専門性を身に着けることができる」点だ。途上国特有の問題も粘り強く対処できるように豊富な実務経験を積むことと、分野の幅広く深い知を持つことが開発コンサルタントには必要であるが、貴社ではその両方を達成できると考えている。 2点目は「インフラ建設だけでなく、その運営までも含めたトータルサポートを実現している」点である。貴社では、建設だけでなく、あらゆる分野の知をかけあわせて、将来まで見据えた開発協力を行って、より質の高い社会厚生の実現が可能であると考えた。上記2点により、貴社ではもれのない経済発展に寄与できると考えている。 続きを読む
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Q.
自身の強みと、それを当社でどのように活かしていくかを記述して下さい。(700)
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A.
私の強みは2点ある。1つは、経済学の幅広い知識と研究経験であり、もう1つは部活動の広報チームで培ったマネジメント力である。 私は学部・大学院を通して、ミクロ経済学・計量経済学を深く学ぶのと並行して、財政学や金融学などの応用分野を学んできた。ミクロ経済学では「人はインセンティブで動く」ということ、計量経済学ではデータの分析手法と「インパクト」の概念を学んだ。これらは、プロジェクトの費用に効果は見合うか、期待通りの結果が起こるのか、実際の効果をどのように計測するのか、という開発コンサルティングの仕事の重要な部分に活かすことができると考えている。 また、私は大学のオーケストラ部にて地方公演の広報チームのリーダーを務め、組織をマネジメントする力を鍛えた。当団体は、SNSの更新を毎日行うなどの広報に力を入れていたが、毎年地方公演の集客に苦労していた。私はその原因が「役割分担が縦割りであり、広報チームとしての一貫性がないままに各施策を実行に移してきた」ことにあると考えた。そこで、私は、効果的な広報戦略は、チラシの挟みこみであると特定し、それに特化した。最初は、懐疑的な意見も多く、チームをまとめるのに苦労したが、売上を参照して粘り強くメンバーを説得し、最終的には、戦略の一貫性を持つチームになった。その結果、チケットの売上も、過去最大を達成できた。 上記のように、ミクロ経済学で養った物事を見通す力と、計量経済学の理論とソフトウェアを用いた実証分析の経験によって得た「評価」の視点を持ちながら、部活動の経験を活かした一貫したマネジメントを行って、貴社の開発コンサルティング業務に貢献したい。 続きを読む
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Q.
困難に直面した経験とそれをどのようにして乗り越えたか教えてください。(700)
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A.
私が直面した困難は「大学のオーケストラ部で、自分が演奏するファゴットの技術が周囲と比べ低かったこと」である。しかし、単調できつい練習を粘り強くつづけた結果、演奏技術を向上させ、高評価をもらうまで成長した。 入団当初は、音感が乏しくピッチが悪い状態で、一人だけ和音に溶け込めないなど、周りとのレベルの差に苦労することが多くあった。当団体での義務であり、名誉なことでもある、国内有数の大きなホールで交響曲のファースト奏者を務めて、大曲の完成に貢献するには、その問題の解決は必須であり、まずは1年以内に「和音に収まる技術の体得」を目標にした。特に技術が高い人は普段から基礎練習を取り入れていることがわかったため、その目標を達成するために、スケールやアルペジオという単調な練習と楽典の勉強を周りよりも多く、1年間毎日最低90分続けた。基礎が出来上がった後には、次に克服すべき課題を先輩や同期に積極的に尋ね、自分の「こう吹きたい」が実現できるようにビブラートや強弱をつける練習も行い、総合的な演奏の質の向上に力をいれた。 最初は、ゴールが見えず自信がなかったが、周りのアドバイスや励ましに助けられながら、2年生の夏には、だんだん自分の出すべき音が出せるようになった。 その努力が実を結び、交響曲のファースト奏者を3年生としては珍しく任され、2000人の前でソロを吹き、高評価を受けることができた。この経験から、どんな困難でも簡単にあきらめないで乗り越えるための努力を継続し、フィードバックをもらうことを心がけている。また、物事に本気で取り組むためには、苦しさも受け入れなければならないということを肝に銘じている。 続きを読む