
23卒 本選考ES
技術系総合職
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Q.
研究室・ゼミテーマ
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A.
学部では○○分析化学研究室に所属し、「誘導結合プラズマ質量分析計を用いた○○○元素分析のための装置製作」を卒論のテーマとした。生命現象における金属元素の機能を解明するのが目的である。大学院では、○○○研究所に所属し「○○○に関する研究」をテーマとして、○○○に寄与する未解明成分を解析し、○○の品質や官能特性との関連について研究を行っている。香気成分の分析手法に興味があり、また、○○○が未解明だと知り好奇心が駆り立てられたため、テーマとした。 続きを読む
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Q.
自己PRを400文字以内でご記入ください。
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A.
私の強みは、「好奇心を原動力に努力する姿勢」である。この強みは、中学高校大学で異なる部活に所属し初心者から脱却するために努力した経験、コロナ禍の制約のある中で英語学習や動画制作に注力した経験、そして、大学・大学院の研究を通して養われてきたと考えている。学部の研究では、分析に興味があり○○分析化学研究室に所属したが、予期せず同期の3人と工学系の研究をすることになった。○○科学部の我々にとっては研究のハードルが高かったが、私は仲間との協力や未知の分野の勉強に面白みを感じ、○○装置の試作品の製作と学会発表の経験を目標に取り組んだ。目標達成のために、1から書籍やネット等で勉強し、また各自の得意な分野で役割分担を行った。その結果、目標を達成し、教授から「コロナ禍で時間が制限される中、研究が大きく進んだ」という言葉を頂いた。貴社でも自身の強みを最大限発揮し業務に貢献できるよう精進していきたい。 続きを読む
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Q.
(1)幼少期、(2)小学校時代、(3)中学校時代、(4)高校時代、(5)大学時代、それぞれにおいて印象深く残っている経験をお書きください。
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A.
【幼少期】 幼稚園で私は、「あやとり」に熱中していた。その努力が認められ、「金色のあやとり」を園長先生から頂いた。 【小学校】 ・長期休みには、自由研究や書道、工作などに熱中し、6年連続表彰された。 ・放課後は、習い事へ行く日以外は友人とサッカーや野球、ゲームなどをして遊んでいた。 ・小学5年から入った塾では成績順で席の位置が決まるシステムがあり、1位以外の席にはならなかった。 ・学級委員長や児童会役員に所属し、人々をまとめる経験をした。 【中学校】 ・○○に入部し、小学校からの経験者との差を感じながらも3年間取り組んだ。 ・3年の2学期にオール5(内申満点)を取得した。その後、私の住んでいた○○○の偏差値トップの高校を目指し、毎日夜遅くまで塾で勉強した結果、合格することができた。 ・3年連続合唱コンクールのポスターのクラス代表(約30人の中から1人)に選出された。 ・生徒会役員に所属し、人々をまとめる経験をした。 【高校生】 自分の活躍できる場所を求め、高校から初心者として始める人の多い〇〇部に入部した。○○○の私は、○○の影響が少ない左サイドのポジションで活躍することに入部以降一意専心し、それまではレギュラーとして固定されていた。しかし、3年生最後の大会の2か月前に実施された合宿中に左膝を損傷し、レギュラーの座を失った。 【大学生】 ・大学1年時に「○○○」という科目で行った「コンビニを利用した○○○の商品購入のマーケティング開発」のグループワークで7人のリーダーを担い、10チーム中1位を獲得した。 ・モノづくりや表現がしたいと思い、○○部に所属した。学園祭の制作販売では、市販品との差別化を意識し、色合いや形状を多様に変えた○○や、ユニークな置物を制作した。また、部内最多の43個の作品を制作し、売り上げ1位として貢献できた。 ・陶芸部では会計長として、部費や自治分配金の管理や、合宿の交通手段の確保を確実に行った。 ・大学1年の後期に英語の成績上位クラスに所属し、モチベーション高く勉強していたところ、大学2年の前期にTOEICの点数が原因で下のクラスに降格した。私はその悔しさをばねに440点から855点まで向上させた。 ・大学2年の夏に米国カリフォルニア大学の海外研修に行き、海外の文化に触れた。 ・大学4年の研究では、研究室の意向で工学系の研究をすることになったが、未知の分野の勉強や、仲間との協力に面白みを感じ、試作品を製作と学会発表の経験を目標に取り組み、達成できた。 ・コロナ禍でアルバイトが制限される中、少しでも稼げればと思い、YouTube動画配信を始めた。1つ目のチャンネルでは平均再生回数が200回ほどで思うように伸びず、試行錯誤した結果、2つ目のチャンネルで7000回以上再生される動画を生み出せた。 続きを読む
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Q.
記入いただいた幼少期~大学時代までの経験の中で、最も影響を与えたことについて具体的な内容とあなたに与えた影響をお書きください。
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A.
高校時代の部活でレギュラーの座を失った経験から多くのことを学んだため、それが私に最も影響を与えたと考えている。最後の大会に向けてそれまで努力を重ねてきたのに、その直前で怪我をしてしまい、最大の挫折を経験した。 その後、次の取り組みに専念し、この困難を乗り越えた。 1)仲間の練習のサポート(大声での応援や球出しなど) 2)7mスロー(サッカーのPKに類似)の練習 その結果、監督にこれまでの努力が認められ、最後の大会では私に7mスローの機会を与えていただいた。そして、大事な場面でシュートを決めてチームに貢献でき、納得して引退できた。 私はこの経験から「最後まで諦めないこと」、「変化を前向きに捉えること」、「チームに対して自分にできることは何かを考えること」の大切さを学んだ。そして、大学時代にTOEICスコアを440点から855点まで向上させた経験や、○○部でチームに貢献した経験、大学・大学院の研究等で発揮されたと考えている。 続きを読む
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Q.
あなたの目指す将来像についてお書きください。 (どんな生き方をしたい、どんな人材になりたい、どんな仕事に携わりたいなど)
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A.
私は大学院修了後、食品系企業において、「食」に関わる業務を通して社会にポジティブな影響を与えうる人間として成長していきたいと考えている。「食」は全人類、老若男女の健康や嗜好に関わり、人々の心の豊かさにも貢献する重要かつ不可欠のものであり、そしてその「食」に大きな可能性と強い魅力を感じているからである。貴社は、これまでに、フィリングの分野でNo.1メーカーとして多岐にわたる商品を展開し、また、ジャムやクリームなどの消費者への提供を通して、バラエティ豊かな食文化を創造しており、貴社においてなら私の目標を実現できると考え貴社を志望させていただいた。貴社のHPにある企業理念の「人と技術の力で世界の人々の健康と豊かな食文化の発展に貢献」はまさに今後の私の目指す会社人としての生き方に一致するものである。 貴社に採用頂いた暁には、製品開発に携わり、お客様に喜ばれる製品を世の中に送り出していきたいと考えている。貴社はフィリング、フラワーペースト、ジャム、ソース、トッピングなど各種分野で多種の商品を扱っているが、私もそれらの商品の改良・拡充や、新商品開発を通して貢献していきたい。そのためには、市場調査に基づくニーズの把握や、ニーズを形にする技術開発、そして、生産を考慮したモノづくりなど様々な要素について、技術・知識を積極的に習得し、社員の方々と協力して業務を進めていきたい。特に、技術分野では、風味や物性、色調などに強い興味があるため、専門知識を大いに学び、それをもとに技術の改良や創生に貢献できたら幸いである。現在、大学院では○○○の香りの分析研究をしているが、香りは多種多様の成分の集合で成り立つ複雑さを有していることを日々実感している。貴社の製品も同様に風味や物性、色調などが複雑に関係するものと推測するが、それらを一つ一つ学び理解しながら、新たなものへと結びつけていきたい。 さらに、将来的には、貴社の海外事業に携わり、貴社の事業拡大に寄与し、これを通して世界の人々の心の豊かさに貢献していきたい。現在、稚拙ながら英語力向上に向け英語学習を進めており継続していく予定である。 上記の業務について、問題が生じた時や未知の領域に直面した時は、現在研究で培っている「問題解決能力」を活かして解決の糸口を見出し、多くの人々から信頼される人材として成長していきたい。そして社内外の多くの方々とのコミュニケーションの経験を着実に積み上げ、技術の中核的な人材として成長し、お客様の要望に応えていきたい。 続きを読む