今日人生で最悪の日だ。僕は思った。ママがいない。
僕が目を覚ますと、壁にかかった時計が示す時間は9時12分。学校では1時限目が始まり既に42分経っている。15年間、大好きなママが7時半前には起こしてくれていた。なぜ今日は起こしてくれなかったのだろう。もしかして具合が悪くて倒れているのではないか。飛び起きてリビング、トイレ、風呂場と家中をくまなく探したがママの姿は何処にもなかった。いつもは、キッチンのすぐそばの食卓に置いてあるトーストとスクランブルエッグとママ特製スムージーが今日はない。僕は震える手で携帯を操作し、ママを呼び出す電話マークを押した。すると、プルル♪と、カーテンが閉まり薄暗い室内に、けたたましく鳴り響いた。僕は不安から思いの外驚き、『ひゃっ』と叫んでしまった。ママの水色の水玉模様のカバーが付いたスマートフォンが棚にちょこんと置いてある。ママは携帯も持たずにどこかへ行ってしまったのだろうか。だが、玄関を見るとママの靴は全て揃っていた。仕事用の黒いスニーカー、近くのスーパーに買い物に行くときに履くサンダル、そして僕が半年前のママの誕生日に買ってあげたパンプス。まさか裸足で出かけるはずはないと思いながらも、アパートの外へ出て走り出す。近くのスーパー、ガスト、公園。それでもママはいない。そうだ、ママは早めにパートに行ったのではないか。ママがパート先の本屋に行くのはいつも10時過ぎだが、今日は急にお店から呼び出しがあったのかもしれない。だから朝ごはんも作る時間も、置き手紙を書く時間も無くて、携帯も忘れて出かけてしまったのだ。靴も昨日新しい靴を買っていて、僕はそれに気付かなかっただけだ。すぐに僕は、家に戻り本屋へ電話をかけたが、電話に出た店長のおじさんは、ママは来ていないと言う。
絶望した。僕の一番大切な人がいなくなった。いつも一緒にお風呂に入り手を繋いで買い物に行くママが消えた。僕は初めてママに怒りが湧いた。どうして僕を1人にするのだ。僕が産まれたときから父はおらず、祖父母は他界している。ママが彼女でも作ってみたらというから仕方なく作った彼女も、ママと一緒に寝ていると知ると逆上し、「別れてやる!」と騒ぎ立てた挙句、僕が抵抗しなかったことが面白くなかったのか、僕がマザコンだということを校内に広め、出来立ての友人には距離を置かれるようになった。それでも僕にはママがいればそれで良かった。ママの肩を揉む、テレビを観て笑い合う、そんな時間が僕にとっては幸せだったのだ。それなのに、僕は本当に1人になってしまった。頭がおかしくなりそうだった。いや、もうおかしかった。夢中で部屋の窓を拳で割り続けた。手に真っ赤な血が滲み、その赤はぽたぽたと白い絨毯へ落ち沁みていった。手が痛かった。本当に痛かった。痛くて痛くて仕方なくて目をぎゅっと閉じた。
『龍二時間よ』
今日は人生最高の日だ。
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