
23卒 インターンES
CRA職
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Q.
インターンシップ参加理由
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A.
医薬品開発の最前線で働く御社のヘルスケアプロフェッショナルの方々と直接交流をし、「新薬を安全かつ迅速に上市させるためにどのように工夫し、何を大切にしているのか」また、「薬価改定に伴う後発医薬品推奨という課題について御社はどのように受け止め、どんな対策を取っているのか」をお聞きしCRO業界への理解を深めたいと思っています。私が高校生の時、○○が肝硬変を患いました。この病気の完治は生涯難しいと診断され、薬物治療の限界を目の当たりにしました。そこから「多くの人々の健康を、薬という面から支えたい」と思い、薬学を学ぶことが出来る大学に進学し、勉学に励んできました。そこで、新薬が開発されていく過程を学び、CROを知りました。この仕事は、患者様にとって「希望を届ける架け橋」を担う重要な役割である事を学び、私の目指すべき仕事はこれだと強く思いました。企業研究を進めていく上で御社を知り、新薬開発の需要の切迫や、オーファンドラッグの開発など多様化した医薬品産業のニーズにおいて、変革を恐れず挑戦し続ける御社の「CMIC‘S CREED」の志に深く共感しました。貴社のインターンを経験し将来の働き方に対するビジョンをさらに明確にしたいと思っています。 続きを読む
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Q.
読み手が笑ってしまうくらい面白くあなたのことを語ってください。
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A.
私は「120人のお母さん」でした。 私は大学で約120人が所属するサークルの副部長として、お母さんのように視野を広くもち、コミュニケーションを通じて相手の様子を窺い、相談に乗るなど、気配りに徹しました。 副部長就任後の初練習で気合いの入っていた私と部長は学校にあるテニスコート5面を全て予約し、万全な状態で練習開始を待ち望んでいました。しかし、いくら待てども人は増えず、最終的な参加人数は10人程度でした。練習初日にして完全に心が折れかけましたが、横を見ると私にとって旦那とも言える存在の部長が私の何倍も落ち込んでいる姿を目の当たりにし、全身全霊で支えることを決意しました。部長や同級生と協働し「団結力の強い活気溢れるチームにするため参加人数を50人に増やす」という目標を掲げました。子供にとってなんでも話せるお母さんのようになるべく、部員1人1人との距離を縮めるためにコミュニケーションをとることで、サークルに参加しやすい雰囲気を作りました。練習中だけでなく、大学構内などで会った際には、同級生とは近況報告などで場を盛り上げ、後輩とは履修科目やテストなどの助言を行うなど、積極的に話しかける回数を増やしました。また、相手に心を開いてもらうため、必ず相手の顔と名前、特徴を覚え、「◯◯さん」と名前で呼ぶようにしました。練習後には部員と食事へ行き、練習の質を向上させるため、行いたい練習や部長には直接言いづらいような意見や相談などを積極的に聞き、部長に伝える架け橋となりました。上手く双方を繋げることで、部長が1人で抱え込まないよう、一緒に部の問題に対して取り組み、改善していきました。また、部員からの意見を参考にし、練習内容を変更したり、学年・学部関係なく交流ができるようバーベキューなどの行事を企画することで部員との信頼関係が徐々に構築されると同時に、部員同士の良好な関係が周りへ伝染していき団結力が強くなりました。これらのことを根気強く半年間継続した結果、徐々に人は増え、最終的には70人を超える参加人数を得ることができ、学校のテニスコート5面では足りないぐらい活気溢れるチームとなりました。 私の「人と積極的にコミュニケーションをとれる」そして「相手のために思いやりを持って行動できる」という強みは、患者さんや製薬会社、医療従事者の方々との円滑なコミュニケーションが求められる御社のCRA職に活かしていけると思います。 続きを読む
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Q.
CMIC'S CREED(「私たちの決意」や「W&3C」)の考え方に近いご自身の経験を自由に記載してください。
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A.
私の「CMIC’S CREED」に当てはまる経験は大学四年生から現在までの研究活動です。 私の人生の教訓に「WELLBING」に近いものがあります。亡くなった祖父が遺してくれた最後の言葉である「後悔しないように生きろ」を基に「目の前のことに全力で取り組み、今を生きる」を人生の教訓とし、壁にぶつかった時、この言葉を思い出すようにしています。教訓が生かされた経験に研究テーマの突然の変更がありました。私は大学1年生の頃から〇〇ゼミに所属し、〇〇の研究に励む為に〇〇研究室に配属を希望しました。しかし、諸事情によりこの研究を断念せざるを得ず、他の研究テーマへの変更を余儀無くされました。目標を失い、挫折しかけましたが、自分の中の「WELLBEING」を思い出し、「どんな実験でも必ず意味があり、それを求めている人々のために自分は研究するんだ」と前向きに考え、目の前の実験に全力で取り組むようにしました。苦境に陥ってしまった時でも、違う目線から物事を捉え、前に進んだことが私の「Change」の経験です。また、私は現在、〇〇をするため、〇〇を用いて、〇〇するための技術開発を行なっています。この類の実験には〇〇という酵素が主流となっており、私の研究室でも従来、この酵素を使って研究が進められていました。これまでに、〇〇に要する時間を180分から3分に縮めることを可能にしましたが、〇〇できないという問題がありました。この問題に対しての私の取り組みが「Challenge」の経験になります。1日最低でも3つの論文を読み、様々な実験方法を比較することで、あまり注目はされていないが〇〇能力に長けている酵素である〇〇に着目し、実験を試みました。世界でも前例がかなり少ないため、綿密に実験方法を考え、粘り強くアプローチを続けています。失敗の連続ばかりですが原因を深く追求し、良い結果を得るために全力で挑戦しています。 また、この挑戦の中で最も大事にしているものが「Communication」です。実験に関しての疑問点を解決するため、積極的に教授室まで足を運び意見を聞くようにしました。元々、教授と生徒の間に壁がある状況でしたが、私が同期の中で先駆けて教授との「Communication」を図る事で、自身の課題が解決するだけでなく、他の生徒が質問をしやすい環境を作ることができました。また、研究室内の生徒のレベルが上がり、より質の高い討論を行えるなど相乗効果を生むこともできました。 続きを読む