
24卒 本選考ES
総合職
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Q.
専攻・ゼミ・卒論など、学業について、”あなたらしく”説明(紹介)してください。
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A.
私は「広く、浅く、濃く」心理学を学んでいる。 私はこれまで、小学校ではピアノと習字、中学校では吹奏楽、高校では演劇と、様々なものに「広く」興味をもち、取り組んできた。それらは中高で同じ部活に入っている人や十数年続けているという人と比べて知識も技術も「浅い」だろう。しかし、これまで取り組んできた過程で関西大会や資格取得を目指すなど、「濃く」かかわって来たと感じている。 私が現在大学で専攻している心理学も、脳に関わるものから臨床に関わるものまで「幅広く」学んでいる。その理解は専門的に勉強している人より「浅い」かもしれないが、生活に活かせるものは無いか考えながら「濃く」学べるよう心がけている。 続きを読む
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Q.
クラブ・サークル活動・趣味など、学業以外で力を入れていることについて教えてください。
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A.
塾でのアルバイトで担当している受験生たちが志望校に合格するよう導くことに力を入れている。そのために工夫していることは2つある。 1つは生徒の性格に合わせた指導をすることである。例えば、気分屋な生徒はやりたい範囲から苦手をつぶし、几帳面な生徒は順番に苦手をつぶしている。これを実行するために、普段から生徒との対話を積極的に行い、相手を理解しようと努めている。 もう1つは早めに生徒の志望校の過去問に目を通し、問題の傾向や出題範囲を分析することである。そうすることで、効率的でそれぞれに合った学習の進め方を提案できると考えたからだ。 こうして生徒から信頼を得ようと試みながら、共に合格へ向けて取り組んでいる。 続きを読む
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Q.
変化の激しい広告業界で働いていく中で、あなたはYOMIKOでどのようなことを成し遂げたいですか。現在当社が標榜している「GAME CHANGE PARTNER」を踏まえて、具体的にお答えください。
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A.
人が持つ「好き」という感情を活かした広告を多く世に打ち出したい。 私はこれまで様々な局面で好きな物に頑張る理由や勇気をもらい、生活に明るさや喜びを与えられてきた。一方で私には趣味も好きな物もないという友人がいた。しかしある時、その友人はあるキャラクターを好きになったらしく、身の回りがそのグッズで埋め尽くされていた。愛を語る友人の姿は今まで見たことがないほど生き生きとしていた。その姿を見たとき、「好き」という気持ちの力を改めて実感し、こんなにも人を明るく突き動かすのかと感動した。 この経験から、人が持つ「好き」という感情はただ生活に明るさを与えるだけのものではなく、人の行動や感情に影響を与え、大きく変える可能性があるものだということを感じた。私は商品やサービスの良さを伝えるだけでなく、人の「好き」という感情を活かして心を動かし、明るい影響を与えられるような広告を作りたい。 続きを読む
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Q.
幼少期から現在までの「自分史」を書いてください。
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A.
【幼少期】 文字を自ら覚えたり友人を一週間観察して泥団子作りのコツを習得したりと、学びに貪欲な幼稚園時代を過ごした。小学校に入学すると習字とピアノを始めた。初めは習字に行きたくなかったが、段位を上げるうちに楽しさに気付いた。ピアノでは1年生の時からコンクールに出場していたがなかなか結果が出なかった。しかし5年生の時、ようやく関西大会まで進むことができた。目標への頑固さが垣間見える小学生時代だった。 【中学生】 吹奏楽部に入部し、○○担当となった。部活以外の思い出がほぼ無いほど休みなく練習し、関西大会を目指した。個人的にも「大会出場者を決めるオーディションに全て合格すること」という目標を掲げ、練習に打ち込んだ。自主練習できる時間には必ず練習し、休日にも家で基礎練習をしていた。また、顧問や先輩に指摘されたことをすぐ改善し、身につけようと意識した。その結果、計10回のオーディションに合格することができた。また、部活としても関西大会に毎年出場することができた。関西大会出場が決まったときの喜びと興奮は今でも忘れられない。 引退後は受験勉強に打ち込んだ。志望校の決め手は、体験授業に行ったときに出会った先生や学生が優しかったことと、パンフレットにあった「○○」という言葉に共感したことである。模試は最後までB判定だったが志望校を変えることなく受けきった。当日、一番得意な国語で大失敗するも本番の強さを発揮して無事合格できた。 【高校生】 高校生になると、演劇部に入部した。舞台監督、台本、役者、大道具など様々な形で劇に関わり、全て自分たちで作り上げていく過程が楽しかった。2年生の時、関西大会出場を目標にしていたのだが、やる気がある人とない人で分裂していた。このままでは関西大会を目指すことも楽しく部活をすることも不可能だと感じ、部員を集めて話し合いを行った。そしてお互いを理解しあい、全員が納得できる練習計画を立てられるよう促した。結果、県で2位となり惜しくも関西大会には届かなかった。しかしその悔しさから全員で号泣するほど同じ方向を向けていたと感じている。 また、小学生の時に始めた習字にも打ち込み、三段を目指していた。お札の文字にも使われている「隷書」という字体に憧れがあったのだが、隷書で課題を提出できるのが三段以上の人のみだったからだ。教室を変えて気付いていなかった癖を指摘してもらったり、改めて基礎に立ち返ったりすることで地道に段位を上げ、3年生の時に目標を達成した。 【大学生】 高校時代に通っていた塾に誘われ、塾でアルバイトを始めた。初めは教えることに自信が無かったため断ろうと考えていた。しかし、塾の先生に支えられた経験を思い出し、私も誰かを支えられる存在になりたいと感じたため塾講師になることを決めた。そして、小学生から高校生までのほぼ全教科を担当することになった。幅広く教えられる一方で得意科目が無く、自分の強みは何なのかと思い悩むときもあった。しかし様々な生徒を担当したり自習室にいる生徒の質問に答えたりするうちに、幅広く教えることができるからこそ多くの生徒の役に立てると気付いた。 塾で働く中で、最も印象に残っているのは社会人受験生を担当したことだ。その生徒は受験に必要な数学が苦手なうえ、勉強できるのは仕事の合間と週に1度の授業だけだった。短期間で力をつけるため、私は過去問題を解いて出題傾向を分析し、学習範囲を絞った。また、オリジナルのテストを作成し、苦手範囲を効率的に見つけられるよう工夫した。心理的にも支えながら共に合格を目指した結果、無事生徒は志望校に合格した。合格後には「先生が担当でよかったです」と言ってもらい、塾講師になってよかったと心から思った瞬間だった。 また、学校では学園祭実行委員会に入会し、広報班員として活動した。クリアファイルやポスターを作るためにデザインを学んでいく過程で広告の奥深さを知った。活動する中で印象的だったのは、パンフレット作成チームのリーダーとなり、コンペ開催に失敗したことだ。表紙を決定するためのコンペ当日に数人分しか案が集まらなかった。班員に話を聞くと、十分に詳細が伝わっていなかったことや他のタスクが忙しく時間がなかったことが判明した。私は簡潔に詳細をまとめ直し、仕事量を調整するための代替案を出した。再度行ったコンペには班員の9割が案を提出し、無事コンペを終えることができた。自ら声をかけ、相手の立場を考えて伝わるように伝える工夫が必要だと実感した出来事だった。 このように様々なことに興味を持って取り組んできた一方で、目標を達成するため頑固にしがみついてきた。その根底には「楽しむこと」「プロ意識を持つこと」「出会って良かったと思われること」という信念があったと感じている。今後の人生もこの3つを忘れず過ごしたい。 続きを読む
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Q.
あなたが考える広告会社の仕事の魅力とは何ですか?その上で、広告会社の問題点を挙げて、その課題解決のために何をすべきか、どのように改善すると、より魅力的な会社になるのかを自由に語ってください。※広告会社の社員として語る必要はありません。
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A.
広告会社の仕事の魅力は、企業にも消費者にも利益をもたらすことができるところだと考えている。効果的な広告をつくり、より多くの人に商品・サービスを知って使ってもらうことができれば、企業にとっての利益につながる。しかしそれだけではなく、消費者にとっても良い商品・サービスを知る機会を与えることで、幸せや便利さという利益を提供できる。このように、世の中の様々な立場の人にとって良い影響を生み出すことができる点が広告会社の魅力だと考えている。 一方、広告会社の問題点は上記のような影響力がある分、企業や消費者に悪影響を及ぼしてしまう可能性があるところだと考えている。一歩間違えると商品やサービスに悪い印象がついてしまったり、消費者に損をさせてしまったりするかもしれない。世の中に良い影響を与える広告を作るためには、商品やサービスを誰よりも愛し大切にすることが重要だと考える。その商品やサービスをより広く愛されるものにするため、作り手である企業の話を丁寧に聞きながら、魅力を最大化して伝えられるような工夫をする。そうすることで消費者とのミスマッチや良くない印象がつく広告を無くすことができるのではないかと考えている。 続きを読む