22卒 本選考ES
事務系総合職
22卒 | 同志社大学 | 女性
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Q.
保有資格・スキル
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A.
普通自動車免許 続きを読む
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Q.
趣味・特技
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A.
趣味は、お笑いです。関西に住んでいたこともあって、コロナ前は週に1度はよしもとの漫才劇場に通って若手を発掘していました。目をつけていた芸人が当たって、人気になることが醍醐味です。特技は、オムライスを作ることです。有名シェフのとろとろ卵がSNSで絶賛されているのを見て、「私もやりたい!」と思い、約500個の卵を使い、何か月もオムライス生活を続け、ようやく我流のレシピを作り上げました。オムライスの卵だけは誰よりもふわふわとろとろに仕上げることができます。 続きを読む
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Q.
学業・ゼミ(300字)
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A.
学部としては、主にR言語を用いたデータサイエンス、分析方法を学んでいます。研究室では、それを用いて、「“観光地としての”京都の魅力」を統計的に研究しています。歴史に関する数値で表すことのできない質的なデータに対して、多変量解析を行って数値化することで、情報を可視化し、データ的な新しい視点から京都の新たな魅力や特徴を発見することを目的としています。また、そのための資料、研究結果を用いて独自のデジタルミュージアムを作成することが目標です。残りの一年間で、より深くデータサイエンスについて学びたいと思っています。 続きを読む
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Q.
自己PR(強み・弱み)(400字)
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A.
私の強みは、逆境を糧にできる精神力です。私は、大学1年の秋、剣道未経験ながらマネージャーとして体育会〇〇部に途中入部しました。初めは、知識も知り合いもない環境で、役に立てる事も少なく、部員に退部を促すような厳しい言葉をかけられる事もありました。しかし、この事から逆に絶対に認められたいと火がつき、わからない事は初めて話す人にでもすぐに質問し、失敗して叱責されても引きずらずに必ず1度で覚える事を徹底しました。また、休日の自主練にも必ず参加し、とにかく毎日夜9時半まで〇〇に通いました。その結果、部員からの厚い信頼を得る事ができ、最終的にはマネージャーリーダーを任され、西日本大会優勝への手助けができたと自負しています。逆に、弱みは楽観的過ぎる事です。多少の失敗なら気にならない性格もあって、無鉄砲に決断や行動してしまう傾向があります。これを改善するために、常にリスクを想定するように心がけています。 続きを読む
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Q.
学生時代最も打ち込んだこと(400字)
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A.
所属していた部で〇〇、特に寄付金の増額に注力しました。当時、私達の部では、部費の赤字が大きな問題であり、私はその解決策の1つとして「寄付金の増額」に目をつけました。まず、1年間で約50万円ほどだった寄付金を翌年度80万円にすることをマネージャー内で目標に設定しました。しかし、のちに部として寄付についてのマニュアルが存在しないことがわかり、初手も進め方もわからないことが最初の課題でした。そこで、とにかくまず、1人でも多くの関係者の方とコンタクトを取る事が重要だと考え、監督や大学の教授を頼り、創部以来残っている名簿の中で所在のわかる全てのOBの方、約500名に寄付をお願いする手紙を送る事から行動しました。また、応援に来て下さる関係者の方々の名前と顔を把握し、直接お話しする時間を増やすことや、HPを利用した広報活動を徹底しました。その結果、最終的に目標額を大きく上回り約140万円の寄付金を集める事ができました。 続きを読む
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Q.
これまでの人生の中で最も達成感を感じたエピソード(400字)
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A.
私が人生で最も大きな達成感を感じたのは、高校時代に所属していた陸上部の最後の大会です。私は、高校2年生の初めに怪我をし、大会には選手でなくマネージャーとして参加しました。怪我をした当時は、そのまま退部しようか迷いましたが、チームの中で一緒に練習をしていた私だから出来る事があると考え、マネージャーに転身し部活を続ける事にしました。マネージャーとして活動を行う中で、生き生きと競技を行う選手を羨ましく思ったり、部での自分の必要性について考えたりする事もありましたが、大好きな陸上部の一員として最後までやり遂げたいと思い、マッサージを覚えたり、積極的に選手の相談相手になる事で、部に貢献できるやり方を探し続けました。そして、最後の大会で、最後に競技があったリレーチームのサポートメンバーに選ばれ、選手と共にトラックの中で部活からの引退の瞬間を迎えられた時、諦めずに頑張って良かったと強く達成感を感じました。 続きを読む
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Q.
これまでの人生で最も挫折したエピソード(400字)
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A.
私は、高校時代に勉強で最も大きな挫折を感じました。高校に進学して、成績別のクラス分けで私は三段階中の一番下のクラスに振り分けられました。幼い時から苦手意識のなかった勉強で、一緒になって部活や遊びをしていた友人達は、上位の成績で医学部を目指すようなクラスに入っている事に劣等感を感じ、本当に頭の良い人とはそもそもの才能が違うのだとひどく挫折を感じた事を憶えています。しかし、当時は勉強や進学に対する気持ちが薄く、がむしゃらに頑張る事もできず自分は自分と割り切って、進学しました。しかし、ある時、目標を適え医学部に進んだ友人達と当時の話をする機会があり、彼らが当時から真剣に自分の将来を見つめ、どれほど努力していたのかを聞かされ、遅まきながら自分の幼さを思い知りました。また、成果の裏には必ず過程と努力がある事を感じ、それ以来、上手くいかないときは第一に自分の努力を見直し行動する事に努めています。 続きを読む