
24卒 本選考ES
総合職
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Q.
あなたキャッチコピーの理由を具体的なエピソードを交えて教えてください ※200~400字以下
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A.
「冒険者ではなく挑戦者」 私は、新しいことに挑戦することが大好きな人間だ。しかしただ思いつきに任せて、やみくもに突っ込むことは好まない。同じ志を持った周囲の仲間を巻き込み、自分なりに最大限の準備をしてから、大きな挑戦に挑む。大学生活では、留学生に向けた教材を作りたいと思い、13人の仲間と共に、一年間をかけて試行錯誤しながら教材を制作した。また高校時代は、甲子園で優勝するために、チームメイトと共に始発で学校へ向かい10時家に帰るまで無我夢中で練習に励んだ。大きな目標を達成するために、仲間を巻き込み、努力を積み重ねることができる人間である。 続きを読む
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Q.
学生時代に熱中して取り組んだことについて。なぜ取り組んだか、どのように向き合い、何を得たか?を交えてご記入ください※300~600字以下
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A.
大学2年次、「留学生向けの日本語教材」を制作した経験がある。きっかけは友達の留学生に「日本語教材は単語帳や文法書が数種類あるだけで、学びたいと思えない」と言われたことだった。「それなら自分が面白い本を創る」と言って13人の仲間と日本文化をテーマにした日本語教材制作を開始した。私は、編集長として本の構成やチームのタスクマネジメントの役割を担った。その役割の中では、問題が起こったときに解決策を仕掛けることを意識していた。途中、一人一人が担当する原稿が多すぎ、毎週に設けた〆切に間に合わない人が続出したことがあった。絶対に教材を完成させたいと考えた私は、自らの原稿を〆切一週間前に終わらせ、各メンバーの進捗状況に合わせた原稿の再分担とスケジュール設計を相談する会議を行った。その時は、各々が得意なテーマを担当すること、そして確実に完了する量を担うことを意識した。結果的に、作業効率が上昇して155頁すべての原稿を完成させた。この経験を通し、各人のスキルを見える化して共有すること、そして互いに助け合える環境を創ることの重要性を学んだ。 続きを読む
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Q.
これまでに自身が行った大きな決断や深く考えて決めたことを教えてください。きっかけ、決断までのプロセス、結果としてどうなったかも含めご記入ください。※300字~600字
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A.
高校野球でイップスを患い、投手の道をあきらめる決断をしたこと。私は、小学校1年生から12年間、野球に夢中だった。ポジションは投手で、日本一のエースになることが夢だった。中学生の時には、肘の大けがをしたが、投手を続けるために親に頼みこんで手術をさせてもらった。高校では、大会前日に気を失って倒れて後頭部から流血したが、頭に包帯を巻いて強行出場した。しかし、高校2年生の時にイップスになる。その時は、エースとして甲子園で活躍するという夢が途絶えたため人生で一番涙を流した。また、今までお世話になってきた人たちに示しがつかないという絶望感も相まって苦しい日々が続いた。しかしながら甲子園に出場し優勝する道は他にもあると考え、チームに足りない相手の分析力と守備力を補うために、外野手としてチームに貢献すると皆に宣言した。そこからは毎日朝5時の始発電車で学校へ向かい、夜10時まで練習に励んだ。最後の夏の県大会はベスト8で敗れた。高校野球の頂点を目指したが、その夢は叶わなかった。しかしこの経験から、理想とは違う道を歩むことになっても、目標からは逃げず、成功への道を模索する大切さを学んだ。 続きを読む
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Q.
自分を突き動かす情熱の源は何か。これまでの人生の中で、自分を突き動かす情熱の源は何だったか具体的なエピソードを交えてご記入ください。※200―400字以下
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A.
「誰かのヒーローになりたい」という思いである。小さい頃から戦隊モノやヒーローものが好きだった。その時はなぜ好きなのか考えていなかったが、今になって思うのは、誰かのために本気になれる姿に憧れていたのだと思う。大学時代、留学生のために日本文化をテーマにした日本語教材を制作していた。留学生が楽しく日本語を勉強できる教材を作るために行動した。ある時は25人の硬派な職人のもとへ通いつめ、泥臭く協力を頼んだ。ある時は、嫌われることを厭わず、メンバーに本気で不満をぶつけた。ある時は、徹夜を続けて原稿を書いた。結果的に完成した本を見て留学生たちはとても喜んでくれた。ヒーローならどう行動するのかを常に自分に問い、行動し続けることで、誰かのために本気になれる人間になれると信じている。 続きを読む