
24卒 本選考ES
総合職
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Q.
1. 自分史(小中高大) 小学校※200字~300字
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A.
2001年、○○県の田舎に生まれる。 保育園:両親が教師で毎日22時頃まで仕事だったため、祖父母のもとで育てられる。いわゆる「おじいちゃんおばあちゃんっ子」。祖父と二人乗り自転車で保育園での出来事を話しながら登下校することが日課だった。放課後は、家の前の田んぼで兄とボール遊びをしたり、祖父の畑仕事を手伝ったりと活発な子供だった。 小学校:6歳からソフトボールに励んでおり、ピッチャーとして3年連続○○県1位になる。試合に負けた時は悔し涙が止まらなかったが、勝つことを目指して「努力・協力」することの大切さを学んだ。 続きを読む
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Q.
中学校※200字~300字
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A.
学業:「優秀で皆のリーダー的存在だった兄」と比べられることが嫌で、やんちゃをしていた。ただ、知的好奇心が強く授業は楽しく受けていた。良く怒られるが、成績は常に上位5%に入り、先生からは「謎な人間」だと言われる。 野球:ピッチャーにロマンを感じる。責任感が強く、大会前日に気を失って倒れて頭から流血したこともあったが、頭に包帯を巻いて試合に強行出場した。中2の時にチームは全国優勝を成し遂げる。この頃から本気でプロ野球選手を目指すようになる。兄の影響ではじめた野球だったが、努力すればするほど才能が開花するスポーツの魅力に引き込まれていた。昨日と違う自分に出会えることが原動力だった。 続きを読む
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Q.
高校※200字~300字
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A.
入学前:進学校で勉強するよりも野球の強豪校へ進む決断して泣き崩れる。憧れていた高校に行くことをやめて本気で甲子園を目指すことを決めた瞬間だった。この覚悟が自分らしい決断でもあった。 1年:野球部に限らず○○科は軍隊のような場所であり、瀬戸内海の島の周りで遠泳を行い、テントだけ渡され山で3日間野宿を行うなどして心身を鍛えた。 2年:野球部のエースになる。しかし夏ごろにイップスになる。絶望し、涙する。そこで本当の夢は甲子園であることを思い出し、野手として復活する。朝6時から夜10時までひたすら練習。 3年:最後の大会でチームは敗れた。ただ、理想の道が絶たれても、自分にできることを模索し、もがくことの大切さ学んだ。 続きを読む
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Q.
大学※400字~600字
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A.
○○大学○○学部に進学。 1年:コロナウイルスの影響ですべての授業がオンラインになる。しかし、私は自分の時間が増えることを喜ぶ。TOEICの勉強を始めた。4か月計画で中期目標と最終目標を定め、400点から795点まで上げることに成功する。また日商簿記検定2級を2か月で取得する。尚、上京はせず、幼馴染と遊ぶ毎日を楽しむ。 2年:上京後、自分の周囲には留学生がたくさんおり、彼らと話すことが楽しかった。ある日、留学生が「日本語教材は単語帳や文法書が数種類あるだけで、意欲的に学習できない」と言われる。それなら自分が教材を作ってみようと思い、13人の仲間と「日本文化をテーマにして日本語を勉強する教材」を制作することにした。役割は編集リーダー。硬派な職人を25人口説いて協力してもらった。また、原稿・デザインでは皆の得意テーマやタスク量を見える化してマネジメントした。完成した本は120人の留学生が使用中。 3年:ある日「障害者スポーツ」に出会う。誰でも平等に競い合い、楽しむことができる競技特性に惹かれ、○○県で普及したいと考える。普及活動を行う関連アクターへ徹底的にヒアリングを行い、「限られた拠点でのイベントには、移動が困難な障害者や関心の薄い市民が参加しない」という問題点を発見。新たにデリバリー型の障害者スポーツ体験政策を提案した。現在は、○○県や障害者スポーツ振興会、イオンなど7団体が賛同・協賛。 続きを読む
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Q.
自分史の中で、最もあなた自身を表していると思うエピソードは何ですか。考える理由も併せて教えてください。※400字以内
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A.
高校2年次、野球部でイップスになり復活したエピソード。 「目の前の人の悩みや願いを自らが責任をもって解決する」という自分の信念の礎となった経験であることから最も私自身を表している。投手としてプロ野球選手になることを目指していた私は2年生の夏にイップスになる。半年間もがいて治療したが、以前のように投球することはできなかった。絶望してたくさん涙を流し、野球を辞めようかとも思った。しかし、今まで自分のために全力で治療に協力してくれた幼馴染や両親のためにも、復活してみせると誓った。結果的に自らに残っていた走力・攻撃力・戦略的な野球脳という長所を生かした外野手として復活して、大会で躍動することができたのだ。両親や幼馴染は私の悩みを自分事のように捉え、解決しようと必死になってくれていた。その姿に憧れ、今度は私が「目の前の人の悩みや願いを、責任をもって解決できる」人間に成りたいと考えるようになった。 続きを読む
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Q.
あなたは三菱地所でどのような仕事をし、何を成し遂げたいですか。そのように考える理由も併せて※個人での取り組み※300字以上500字以下
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A.
「人と街の想い」を捉え、住む人たちの願いを実現する街を体現していきたい。 大学時代、○○県で障害者スポーツを広めたいという人たちと出会い、自ら商業施設でイベントを開催したことがある。その時、国籍や性別、年齢障害の有無にかかわらず多様な属性の人が集まる商業施設で、人と人の交流が生まれていく様子を見て、リアルの場所での交流が持つ社会課題解決力に魅せられた。それと同時に商業施設の機能やコンセプト、ひいては○○県の街の役割について工夫を凝らせば「障害者スポーツを広めたい」という住む人たちの願いに最大限に応えられるようになると考えた。障害者スポーツを広めたいという人だけでなく、まちには様々な願いを持っている人がいる。その人たちの願いを街という舞台で解決していきたいと思っている。 街づくりの中でも具体的に空港事業や物流施設事業に携わりたい。理由は、インフラの開発・運営として話題性や華やかさではなく「周辺住民と行政が本当に求めている街であるか」が最も試される領域だと感じたからだ。そこに住み、暮らす人が真に求める価値というものを模索し、カタチにしていくことのできるビジネスパーソンに成りたい。 続きを読む