
16卒 本選考ES
総合職
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Q.
1.自分一人では成し遂げられなかった成果について記述してください。(200文字以内)
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A.
大学体育各部を取材する早稲田スポーツ新聞会において「一人一人がプロ意識を持つ」チーム作りを達成しました。女子サッカー部取材チーフに就任した当時、35人中3人しか取材経験がないほどの人員不足でした。まず参加者を増やすため選手名鑑や取材のマニュアルを作成し、実際に取材では後輩一人一人の能力を伸ばすような仕事の割り振りをしました。その結果、自らルールや選手を勉強する後輩が増え、全員の参加を達成しました。 続きを読む
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Q.
2.過去最大の失敗とそれを乗り越えた経験について記述してください。(200文字以内)
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A.
高校の部活で監督との信頼関係を損ない、そこから努力で誠意を見せエースの座を掴み取ったことです。尊敬できる監督との出会いから、12年間続けていたバレエを辞めバドミントンに絞りました。しかし試合が英語検定面接と重なるという事態が起き、「二度と試合に出さない」と宣言されました。その後は監督に認められたい一心で練習に通い続け、実力で部内1位となり団体戦の第1シングルス、第3シングルスという重責を任されました。 続きを読む
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Q.
3.人生における最大の決断について説明してください。(全半角200文字以内)
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A.
存在意義を作り出すためスポーツ新聞会の活動を継続するという決断です。土日の取材に加え平日も記事執筆や紙面作成、活動費100万円を稼ぐ日々で、150人の集団に埋もれ自分の存在意義が見出せずにいました。しかし「このまま居ても居なくても変わらない存在で終わりたくない」と一念発起し、年100回ペースで記事カメラをこなしました。先輩に認められサッカー部の番記者や取材班チーフを任せてもらうことができました。 続きを読む
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Q.
◆4.あなたを取り巻く環境変化の中で、自身が最も変化した点について説明。(200文字以内)
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A.
スポーツ新聞会で番記者としての経験を通じ「対話力」がつきました。男子サッカー部の有力な選手を1対1で担当したものの、初めなかなか話を引き出せませんでした。しかし遠方の会場でも豪雨でも粘り強く通い続け本音を引き出すことに努めました。2年が経つと当初の4倍の12分間取材するようになり、引退時「芦川さんが番記者で良かった」という言葉をもらいました。社会に出てからも信頼されることで相手からを引き出します。 続きを読む
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Q.
5.三井物産というフィールドにおいて、あなたが挑戦したいこと(全半角200文字以内) 私の目標は「人と人、企業と企業、国と国を繋ぐ
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A.
私の目標は「人と人、企業と企業、国と国を繋ぐ懸け橋になり世界を豊かにする仕組みを作る」ことです。小学生の時に見たドキュメンタリー番組をきっかけに途上国に対しできることを模索し始めました。政治・経済両面からアプローチするため大学で国際政治経済学科を専攻し、カンボジアやボリビアなど途上国を訪れました。実現のために貴社で若く から多くの経験を通し社会に+な影響を与える「実行力」と「実効力」を身に付けます。 続きを読む