
24卒 本選考ES
総合職
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Q.
サンプルを参考にして、各設問においてあなたの自分史を記載下さい。 設問1:小学校時代の自分史を記載ください。(200~300文字)
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A.
小1:勉強方面では常に学年の成績首位を争っており、スポーツではリレーの選手を務めたり、テニスを習い事として行っていた。 小2:テニスの地区大会の決勝で1つ上の学年の人と対戦、3ゲームセット0:2まで追い込まれるが、根っからの負けず嫌いを発揮し2:2まで持ち直す。最終的には負けたが良い思い出。 小4:様々なことに興味を持ち、習い事を7つ掛け持ち。負けず嫌いを発揮し、塾の全国模試で一位をとる。 小5:大分から長野県に転校。最初は余所者扱いされていたが、持ち前の明るさでクラスメイト全員と友人に。 小6:アナウンサーが夢だったので放送委員会の委員長を務める。人をマネジメントすることの苦労とやりがいを知る。 続きを読む
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Q.
設問2:中学時代の自分史を記載ください。(200~300文字)
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A.
中1:○○から○○に転校。ここでもコミュニケーション力を発揮し、すぐに友人がたくさんできる。放送委員も務める。しかし、後半から体調不良を感じ始め休みがちに。 中2:病院で正確な診断を受けた結果、病気であることが判明。運動は禁止され、自宅療養を義務づけられる。学校にもなかなか通えないため成績も低迷。大好きだったテニスも辞めることになる。 中3:体調不良を感じながらも、負けず嫌いで勉強を自力で進め、分析と研究によって短時間でも効率的に学習を進める工夫をし、成績は学年10番以内まで上昇。医者に反対されながらも、志望高校入学を目指し努力を続ける。結果、合格。 続きを読む
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Q.
高校時代の自分史を記載ください。(200~300文字)
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A.
高1:合格した志望高校に通う。勉強も続け、成績も上位を維持。ただし、中学校時代と異なり単位取得のためには、体調不良の際に調整して学校を休むことが困難になる。ここで無理を続け体調が悪化。医師と親の強い勧めで単位制高校に転入。 高2:体調不良の中、友人と遊びにも行けず単位制高校はクラスもないため、孤独に。この時それまで当たり前の存在であった周りの人々の存在と人の繋がりの大切さを強く感じるようになった。 高3:ここで人生を終えてなるものかという気持ちで奮起し、一日二時間の勉強制限をかけられる中、〇〇大学合格を目指す。塾にも通えない中、冷静な分析と研究による勉強の選択と集中を行い、一年の浪人を経て合格。 続きを読む
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Q.
大学・大学院時代の自分史を記載ください。(400~600文字)
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A.
大学1:大学入学1か月前に病気が完治し、自由の身に。今まで我慢してきた分、大学ではたくさんの人出会い、たくさん遊ぶことを決意。同時期にコロナ禍が始まり、対面での交流が困難に。それでも諦めず、SNSを駆使して600人ほどの新入生に声をかけ、200人ほどと友人と呼べる関係を構築。その際、コロナによる彼らの孤独を知り、病気だった頃の自分と境遇が重なりこれを解決したいと思うように。自身の人脈を起点にオンラインコミュニティを創設。自身の考えに賛同してくれる友人7名と遊び・話の場・授業の情報交換それぞれの目的別に分けたコミュニティーを作った。参加者一人一人のケアと幹事である私自身への信頼獲得を意識して活動した結果、コミュニティの規模を600人近くにまで増やすことに成功した。 大学2:集団ではなく、個別に繋がりたいというニーズに応えるため、個別の友人紹介活動を開始。合計で170組のマッチングに成功する。この頃、社会人の夢として「ソフト面だけでなく、ハード面においても人と人との繋がりの場を自身の手で創りあげる」というものを持つようになる。 大学3:自身の知見を広めるため大学生だけでなく、社会人の方との交流を意識。知人の紹介でパーティーや飲み会に積極的に参加。人脈を広げる。多くの人と出会い、繋がる中で「多様性の面白さ」に気づき、社会人としてこれを創り上げる仕事がしたいと思うようになる。 続きを読む
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Q.
記載いただいた自分史の中で、最もあなた自身を表していると思うエピソードは何ですか。そのように考える理由も併せて教えてください。
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A.
大学時代に行った「オンラインコミュニティ創設から個別の人材紹介活動開始」までの一連のエピソードであると考える。その理由としては、自身の強み、性格価値観が一番反映されているエピソードであると考えるからだ。具体的には、強みの部分は「行動力・人を巻き込んでいくコミュニケーション力・人に寄り添う力」、性格の部分では「負けず嫌い」・価値観は「人にとって最も重要なものは人との繋がりである」というものである。周りが孤独に絶望する中、コロナ禍においても人と繋がることを諦めず、大学入学前にSNSを介して友人と呼べる関係をを200人ほど構築し、それを軸に学生同士が繋がることができるオンラインコミュニティの創設を幹事として務めたこと。また、個別の友人間の紹介マッチングを行うなど人間関係の構築のハブとして周囲に寄与した経験はこれらを強く反映しているといえるだろう。そして、私の活動についてきてくれた理由として多くの人が挙げてくれるのが「寄り添う力」である。喜びや悲しみを当事者のように分かち合い、共に乗り越えようとする姿に信頼と共感が生まれたといわれる。 続きを読む
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Q.
あなたは三菱地所でどのような仕事をし、何を成し遂げたいですか。そのように考える理由も併せて教えてください。500文字以内
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A.
主に二点ある。「三菱地所=丸の内を超える、三菱地所=〇〇というような日本一面白い街を創ることに挑戦すること」・「私にしかできない仕事をすること」である。まず、一点目であるが具体的に面白いとは多様性であると私は考えている。そして、多様性がある場所には人が集まり交流が生まれるとも考えている。幼少から大学入学まで7都府県を転勤してきたが、今まで住んできた中で最も自身が楽しいと感じたのが東京・神奈川であった。その理由を考えたときに多様性であることに気づいた。多くの文化・価値観が集まる場所には常に新たな創造が生まれ、これをリアルタイムに肌で感じられることは非常に面白いと感じている。丸の内・大手町・有楽町といった幅広い各層に向けた街づくりを手掛けてきた貴社で「多様性を発信する日本一面白い街を創る」ことに挑戦したい。次に二点目であるが、常に時代に即した新規事業創設に取り組む貴社において、複合開発やそれらの事業に関する多くの経験を積み、ゼネラリストになることで「私にしか任せられない仕事」を行っていきたい。 続きを読む