研究テーマ
現在、私はω3多価不飽和脂肪酸の1つであるα-リノレン酸を多く含有する亜麻仁油の高脂肪食を給餌したマウスを用いて、細胞および分子レベルにおける動脈硬化症の病態抑制機構の解明を目指して研究に取り組んでいる。
研究の背景と目的
ω3多価不飽和脂肪酸(ω3脂肪酸)の抗炎症作用が注目され始めたのは、今から約50年前にDyerbergとBangらによって行われた疫学調査に端を発し、ω3脂肪酸の日常的な摂取によって心血管系疾患による死亡リスクが低下する可能性が指摘されてからである。以来ω3脂肪酸の抗炎症作用について多くの研究が行われ、α-リノレン酸の代謝産物であるエイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)に疾病予防効果があると考えられてきた。さらに近年では、液体クロマトグラフィーや質量分析技術などの発達によって生体内の微量成分が同定可能となり、EPAやDHAを前駆体として代謝された物の中に強い抗炎症作用を発揮する代謝産物の存在が明らかになった。
当研究室でも卵白アルブミンにより誘導される食物アレルギーモデルのマウスにα-リノレン酸を多く含有する亜麻仁油を配合した餌を給餌することによって腸管アレルギー症状が緩和されることを見出した。さらに、その抗アレルギー活性の活性本体としてEPA由来の代謝産物の一つである17,18-エポキシエイコサテトラエン酸を同定した。
一方、これまでに疫学調査で日常的なEPAの摂取によって動脈硬化症の病態の抑制が確認されているが、詳細な病態抑制機構は未だに解明されていない。動脈硬化症は動脈内にコレステロールや中性脂肪が蓄積して硬化することでプラークを形成し、これにより血管の弾力性が失われて血液の循環が妨げられる病気である。主に食事や運動などの生活習慣の乱れによって引き起こされ、日本人の死因の上位である心疾患や脳血管疾患を引き起こす原因としても考えられている。しかし、これまでに有効な治療法や治療薬は無く、早急な開発が期待されている。
そこで私は、亜麻仁油を配合した高脂肪餌を長期的にマウスに給餌して個体レベルでの病態形成を評価、さらには細胞および分子レベルにおける動脈硬化症の抑制機構の解明を目指すことにした。
研究の方法
本研究では亜麻仁油を配合した高脂肪餌と代謝産物が炎症活性を持つω6脂肪酸のリノール酸を多く含有する大豆油を配合した高脂肪餌とをそれぞれマウスに6ヶ月間給餌する。給餌開始後、2ヶ月経過ごとにマウスの糞便の回収および病態を評価するために血管のイメージング解析を行う。また、給餌終了後に血清サンプルを回収し、マウスを解剖して組織を用いた詳細な解析を行う。
現在行っている研究および研究成果
現在はVevo2100というイメージング解析機器を用いてマウスの総頸動脈の血管のイメージング解析を行い、血管内におけるプラーク形成の評価、さらには血流を計測して動脈硬化症の指標である拍動係数(PI)と抵抗係数(RI)値を算出して病態を評価している。また、総頸動脈は心臓から頭部に向かって真っ直ぐ走行する動脈で分岐血管が無く血管径の変化も少ないことから、臨床でもPIとRI値を算出して病態の評価が行われている血管である。これまでに給餌開始から2ヶ月が経過している。そこでVevo2100を用いてそれぞれの餌を給餌したマウスの病態を評価したところ、大豆油を給餌したマウスでは病態の抑制は確認できなかったが、亜麻仁油を給餌したマウスでは動脈硬化症の病態の抑制が確認できた。また、大豆油を給餌したマウスにおいて病態の進行を確認したが、プラーク形成は確認できなかった。
今後の研究予定および展望
今後は長期給餌による各群でのプラーク形成および病態の評価を行っていく。また、病態の進行に伴うプラーク形成は心臓の大動脈弁でも確認されている。そこで給餌終了後の解剖で、大動脈弁付近の組織を選択的に切除してフローサイトメトリー解析や免疫組織化学的解析を行い、標的細胞の同定および標的細胞の動態評価を行う予定である。次に、回収した血清および糞便を用いてLC-MS/MSや腸内フローラの解析を行い、抗炎症活性を持つ代謝産物の同定、さらには代謝産物の代謝に関与する酵素や腸内細菌を同定して代謝経路の解明に取り組む予定である。
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