最近,『ユージニア』(恩田陸著,角川文庫,2008年)を再読した。とある町の名家で起こった大量毒殺事件が数十年を経て,警察官や近隣住民,生き残った関係者らの言葉で語られる中,物語は意外な方向へと展開する。恩田陸の著書は薄い霧に覆われたような世界観を醸し出し,読破した者に一種の不甲斐なさを感じさせるものが多い。そのため,自身のもやついた感情を心の奥底に沈め,更なる鬱屈した気持ちに浸りたいと考えることの多い私の体質には非常によく合う。歪んだ自己像に陶酔する感覚はまさに蜜の味で,その沼地に半身をつけ込んだ自分を周囲の人間に客観視してもらいたいと願うのは,時間の有り余る大学生にありがちな感覚だろう。今回の『ユージニア』は『中庭の出来事』や『麦の海に沈む果実』と同程度にお気に入りの作品である。しかし,うだるように暑い東京の夏を少しの間うすら寒い心地で過ごすにはうってつけの一冊だと感じ,再度手に取った。初読は2,3年前だった。その時は,読後の言語化しきれない“もやもやとした感触”に若干の戸惑いとイラつきを感じた。結局のところ,何が言いたいのかが不明確で物語の真相がつかみきれなかったのだ。また,被害者の中で唯一生き残った盲目の少女・青澤緋紗子が犯人像というヴェールを纏って描かれているにも拘らず,その実体に迫ることが妨害され続ける現実は歯痒いものであった。しかし,再読してみると当然のことながら以前とは異なった感想を抱いた。各章で語られる事件の証言者陳述はいずれも真実である。ただ,個々の人間にとっての真実は,社会一般や読者が求める事実とは少しずつ異なる。つまり,起きた現象を皆が都合良く解釈することで,一つの事実から複数の真実が派生することを読者という外部の立場から追体験できた。ミステリー小説という娯楽に,ジャーナリズムという社会的な要素を包摂させた筆者の思考は興味深い。また,光と距離を置いた一人の少女が社会に何を求め,世界に何を願うのか。その代弁者ともなった「掛け軸の白毫」に魅入られた若い男の運命は,まるで“飛んで火に入る夏の虫”さながらの危うさと儚さを孕んでいる。長い時を経て,忘れられていく祝祭と数十年を経て第三の目を開眼した一人の女性の対比は,並行して走るものの気づかぬうちに片方が脱輪していく列車のように思えた。溶けたアイスに群がる蟻たちの世界の謎にどっぷりと浸れる作品であった。
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