私はマイコプラズマ感染症に関する研究を行っています。マイコプラズマ感染症は、真正細菌の一種であるマイコプラズマ菌がヒトに感染することによって引き起こされる病気です。一口にマイコプラズマ感染症と言っても、その症状は菌種によって異なります。例えば、最も有名なマイコプラズマ肺炎を引き起こすのは、マイコプラズマニューモニエ菌です。その他にも、関節リウマチを引き起こすマイコプラズマファーメンタンス菌や尿道炎を引き起こすマイコプラズマゲニタリウム菌など多数の菌種が存在しています。現在、このマイコプラズマ感染症において有効な診断法は無く、間違った診断により治療や投薬が行われていることも少なくありません。ところが近年、マイコプラズマ菌が細胞膜において菌種ごとに異なる糖脂質を持っており、これが感染の際に関わる抗原であることが明らかになりました。マイコプラズマ感染症の患者は、菌の糖脂質抗原と特異的に反応する抗体を持っています。そこで、抗原と抗体の反応を利用し、患者の血中抗体を検出することができれば、現状では難しいマイコプラズマ感染症の迅速かつ検出感度の高い診断薬が開発できます。また、この糖脂質を応用することで未だ存在しないワクチンの開発が期待できます。そこで、マイコプラズマ菌の持つ糖脂質を工業的に大量生産する必要があります。しかし、糖脂質の菌体からの単離・精製は難しいため、化学的な合成が求められています。私が研究対象としているのは、ヒト生殖器に感染して尿道炎を引き起こすマイコプラズマゲニタリウム菌です。つまり、私の研究内容は「マイコプラズマゲニタリウム菌の糖脂質抗原を化学的に簡便合成するための合成経路開発」です。糖脂質を実際に合成すること、さらに、1H-NMRスペクトル等を用いた分析から本糖脂質の立体構造を明らかにすることを目的としています。先行研究では、合計18ステップで本糖脂質を合成する方法が開発されています。私は、これよりも少ないステップ数・試薬コストでの合成を目指し、現在、2通りの合成経路の検討を行っています。一方は、グルコースを原料に単糖2つと脂質部分を繋げる方法、もう一方は食用色素サフランに含まれる物質クロシンの二糖骨格を利用する方法です。1つ目の経路では、グルコース由来の糖供与体と糖受容体である3-クロロプロパンジオールをグリコシル化により繋げました。得られた化合物に対し各種精製操作、官能基の変換反応を行い、新たに糖受容体を合成しました。これと、最初に用いた糖供与体との再度グリコシル化により、二糖骨格形成を試みましたが、糖受容体が溶媒に溶けず反応は進みませんでした。今後は1回目のグリコシル化の収率改善と、2回目のグリコシル化反応の反応溶媒を検討する予定です。2つ目の経路では、クロシンを出発原料とし、クロシン由来の糖供与体と糖受容体である3-クロロプロパンジオールとのグリコシル化反応を試みました。ルイス酸の濃度や種類を変えるなど、反応条件を種々検討しましたが、予想した反応は全く起こりませんでした。そこで、クロシンをアルカリ処理して得られるゲンチオビオースを用いてグリコシル化反応を行い、目的の骨格を得ました。今後は得られた骨格に脂質を導入して目的の糖脂質合成を目指します。また、進まなかったクロシンのグリコシル化反応ですが、これを進めることができれば大幅なステップ数減少に繋がるので、高温条件での反応など引き続き検討を行う予定です。
続きを読む